~~ これはフィクションです。 ~~
―トゥルル、トゥルル、ガチャ―
「こんにちは、行政書士ひのまる事務所です。」
「ちょっと相続の事で相談したいのですが・・・」
いつもこんな感じで相談が始まる。相続は多種多様、同じようなケースでも
登場人物が違うため同じにはならない。それぞれの家庭に様々な事情がある。
相続関係が複雑なものもある。よくよく話を聞かないと、間違った答えになって
しまうのだ。
さて、今回の件は・・・・
相談者 被相続人の次男「会田二郎」さん。
「先日、母がなくなりまして、少しの預貯金と自宅があるんです。相続手続き
をしたいのですが、まずどうしたら良いでしょうか?」
「基本的には、戸籍等により相続人を確定し、相続財産を確認し、遺産分
割協議をして行き先を決めた後、各手続きをすることになります。しかし、遺
言書があると手続きが少し楽になるのですが遺言書はありませんか?」
「残念ですが、ありません。」
「わかりました。では相続関係の確認から作業に入りましょう。戸籍を請求す
る前に、お話をきかせてもらっていいですか? まず、今回亡くなられたのは、あ
なたのお母さんでしたね?お父さんはどうされました?」
「10年程前に亡くなりました。」
「そうですか・・・。では、ご兄弟についてですが・・・・・・」
とこんな感じで相続関係の確認と相続財産の確認作業が始まる。スムーズに
話が進み、特段問題はないのか?と思いきや・・・。
「実は弟の会田正志とは連絡がつかないのです。葬儀にも来ませんでした。
父の葬儀には来たのですが、今回の母の葬儀では連絡すらできませんでした。」
~おおっと!なるほど、そういう訳か・・・少し厄介だな・・・~
と思いつつ、話を続けたのだった。
「では、よろしくお願いいたします」
そう言って、会田二郎さんは事務所をあとにした。
さて、今回の案件を整理してみよう。
「会田さんは3人兄弟の次男。この度、お母さんが他界された事によって、
自宅の相続手続きをすることになり、自宅の名義が、依然として父親(十年
程前に他界)名義となっていることに気付いた。遺産分割協議をするにして
も、三男の正志が行方知れず。兄は忙しいが一応協力的。」
「問題は、三男正志の行方不明か・・・。」
「とりあえず住民票を追いかけてみるか、いや戸籍の附票を取り寄せよう。」
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相続手続きの基本は遺産分割です。法定相続分という考え方もあります
が、相続人同士の話し合いで決めるのが、民法の原則である私的自治に
合致します。今回の件では、兄弟三人が遺産分割協議をし、分割協議書を
作成して、それを基に不動産登記手続きをすることになるのです。しかしなが
ら、遺産分割協議は相続人全員で行わなくてはならいところ、三男の正志
が行方不明です。これでは分割協議はできません。
困ったな・・・と言うところで我々で出番が来るわけです。
まずは住民票なり戸籍の附票なりをつかって探します。見つかるならば
それが一番ですから。
では見つからなかった場合はどうするのか・・・?
大丈夫!法はそんな時も想定しているのです。
その辺りの解説は後ほどするとして、遺言書があったらどうであったか?
について考えます。
遺言書は良くつかわれるものとして、公正証書遺言と自筆証書遺言が
あります。
自筆証書遺言は自ら書くものですが、法的に問題がなければ有効に
使えます。しかし、信用力がイマイチなもので、使い勝手が悪い場面もあ
るようです。
いずれにしても、遺言書で遺産の行き先が明確になっていれば、遺産
分割協議が不要になるため、行方不明者がいても問題なく事が進みます。
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そうこうしている間に数日が過ぎ、請求していた戸籍の附票が届きました。
「さて、どれどれ・・・・フムフム・・・・そうか!・・・
「なるほど、13年前に住所移転しているな・・・連絡してみるか・・・」
トゥルルル・・・・・ トゥルルル・・・・・
「はい、会田です」
「ひのまる事務所です。お世話になります。弟さんの住所が判明しました。」
「そうですか!良かった。まったく何処行っちまったんだか・・・何にも言わないで
すぐどっか行っちまうから、子供のころからフラフラしてたんで、あぶないなと
思っていたんですよ・・・」
昔話を聞いた後、住所を教えると、早速、行ってみますとのことだった。
うれしそうだったのは、遺産分割ができるというだけでなく、長く会っていない
とはいえ、兄として弟のことを心配していたのだろう。
「兄弟間で争う相続をしばしば見受けるが、今回はなんだか清々しい気持ちに
なるな。」
「そうですね。」 ← 事務員Aさん談
・・・・・・・・・ 数日が経過したのち・・・・・・・・・・
「先生、大変です!」
会田さんが神妙な顔で事務所にやって来た。
「先生、先日お伺いした住所に行ってみたのですが、違う人が済んでいます。」
「あららっ。」
「表札が違っていて、でも、思い切って行ってみたら、…『会田正志?そんな人は知りません。私は5年程前にここに引っ越してきた。』との事でした。どうしましょう?」
「そうですか・・・困りましたね。」
「正志を除いて手続きをする訳にはいきませんか?」
「法定相続分での分割であれば、それも可能です。遺産分割協議をするのであれば、相続人全員が参加することが条件になります。」
「じゃあ法定相続分でいいです。もともと兄弟で平等に分ける事を希望してますから・・・。」
「それは可能です。しかし、問題はその先です。相続はできます。しかし、相続したご自宅を売却することができません。正志さんが取得した持分を除いて売却しても、買い手はいないでしょう。」
「それは困る。売却しなければ住む人のいない家をいつまでも管理しなくちゃあならない。誰が管理していくんだ・・・。何とかなりませんか?」
「う~ん・・・不在者財産管理人制度を使うか・・・。」
「なんですか?それは?」
「まあ読んで字のごとくですが、正志さんのように、行方知れずの人、すなわち不在者の財産を管理する人を、家庭裁判所にて選任する制度です。これにより、この方が正志さんに代わって、売買契約を締結できます。売却代金については、その後も管理人が管理していくことになります。しかし、管理人による管理は、本人が見つかるまで、もしくは管理する必要がなくなるまで続きます。家庭裁判所の監督下にあるため、定期的に報告したりする必要があります。」
「面倒な感じがしますが、他に手がないのであれば・・・。」
「失踪宣告を受けるという方法もありますが、失踪宣告がされると、正志さんは死亡したものとみなされます。したがって、不動産はお兄さんと二人で共有する形となり、正志さん抜きでも売却ができます。売却代金は二人で山分けとなります。この場合は、財産管理で長い間裁判所と付きあう必要もなく、後々の手間がありません。ただし、生きて見つかった場合に厄介になることもあります。また、死亡とみなされることから、戸籍や住民票上は死亡と処理されます。戸籍は除籍となり、住民票も除票になります。」
「戸籍がなくなるのですか?」
「まあ、そういうことになります。」
「それは・・・ちょっと・・・今はやめておきます。」
「そうおっしゃるとおもいました。では不在者財産管理人を選任する方向で進めましょう。」
なかなか兄弟愛のある方であったので、失踪宣告はしないとおもっていた。しかし、一応そういった方法もあるということを伝える必要もあった。決めるのは私ではないからだ。
見つかるといいな・・・弟さん・・・。
・・・あれから数カ月がたった。
「先生、この書類はどうしますか?」
事務員の問いに対して、考える・・・。
「もう少しそこに置いておいてくれる。」
通常、相続手続きが済んでから、数か月も書庫にしまわない書類はない。
何となく、気になることがあるのだ。
会田さんの件は、結局、不在者財産管理人選任の手続きをし、相続、売却と順調に事は進み、3か月程ですべてが終わった・・・・いや、すべては終わっていなかった。
不在者財産管理人には長男の妻が裁判所で選任されていた。こちらはどうなったか・・・?
どうもならない。
相続財産である不動産を売却すれば、売却代金が入る。不在者財産管理人は、この売却代金のうち、不在者が取得すべき分を管理していかなくてはならない。
いつまで管理するのか?
本人が管理できるようになるまで。つまり、本人が見つかるまで・・・もしくは、死亡が判明するまで。
・・・・さらに数日が経過した・・・・
「さて、昼休みにしようか?俺、先に行ってもいい?」
「どうぞ・・・。」
出かけようとした矢先、見覚えのある顔が事務所の入口から顔をのぞかせた。
「・・・こんにちは・・・」
「こんにちは。・・・ああ!どうも。暑くなりましたね。財産管理はどうですか?」
会田さんが苦笑いをしながら事務所に入って来た。
「いや、実は、・・・弟が見つかりました・・・・・・」
会田さんはそれから色々と話始めた。三男正志さんがどこで誰と暮らしていたのか?なぜ見つかったのか?
「先日、病院から連絡がありました。三男正志が危篤との連絡でした。私は急いで兄弟に連絡をし、病院にかけつけましたが、間に合いませんでした・・・。」
その眼にはうっすらと涙が浮かんでいた。葬儀は簡単に済ませたそうです。
「今は両親と同じ墓で眠っています。家でしていた弟はようやく戻りました。」
その後、三男正志さんの遺産分割が行われ、他の兄弟で分けました。財産管理人が管理していた財産のみが彼の全財産であったと思われます。
彼は、ある女性と都内のアパートで暮らしておりました。おそらく、その方に聞けば、他にも財産があったのかもしれない。我々も財産調査の依頼があるのでは?とも考えた。
しかし、会田さん兄弟はそれはしませんでした。
「その必要はありません。もしあったとしてもそれは彼女がもらえばいいじゃないですか。必要な手続きがあれば協力するつもりです。弟が色々迷惑をかけたと思いますので・・・。」
「でもきっとないでしょうね。病院の費用も私達で支払ったくらいですから・・・。」
私達は、財産管理の終了報告等の残務についてご案内し、この仕事は予想外に早く終了することとなった・・・・いや、終わっていなかった。
しばらくして、会田さんが、やや興奮気味に再び事務所にやって来た。
「こんな事いってきましたよ!」
と言うと、1通の手紙を私に見せた。いきなり話がスタートする。